病気のくじらのにおいをつける

パチモンの、龍涎香の練り香水。

病気のくじらの腹ん中から出てくる琥珀に似た結石。それを龍涎香というらしい。昔の中国で、「こんなにいい匂いがするふしぎな石が海辺に流れ着くなんて、きっと龍のよだれですね?」ってなったので、龍の涎のお香と書いて龍涎香というらしい。なんで龍のよだれという発想に至ったのか全然わからない。アクロバティックである。

蟹を食う夢で目が覚めた。海は透明だった。蟹を食っては殻を海に投げた。海からとれたものを食って殻を海に投げるのは、昔U-NOTEに寄稿した、牡蠣の名所カンカルの習俗である。カンカルにまたいきたいけど、いったいいつになったらまたいけるんだろうか。夢の中でカンカルの人のまねごとをしている。

起き出す。白湯で漢方を飲む。腹から体が温まるのを待つ。インターネットに流れていく、かまってほしいがあまりにあふれる匿名悪口群を眺める。朝食、黒豆ご飯、とろろのすりながしに海苔を散らしたやつ、キャベツの真ん中の柔らかいとこをちぎってごま油と寿司酢とえび塩で味をつけたやつ。海から来たものを食う、おれは茅ヶ崎の漁民の孫だ。食後に飲む薬を全種類出して、手の上に並べる。文字の書いてある錠剤を飲むのがやっぱ好きだ。「ナントカカントカ25mg」みたいな文字が腹の底に沈んでいくのを想像すると、めっちゃおもろい。

概念飲んどる。

現代社会にソフィボディフィットするためにはNGとされる状態を改善する薬をお飲みになる、病名がついている。現代社会にぴったりフィットするため、病気ということになった人は、文字が書いてある薬を飲み、文字を書く。病気のくじらのにおいをつける。

この身に流れる、相州の漁民の血。
おれらの先祖の中にはきっと、海辺で龍涎香を拾った人もいるんだろう。

耳元に、龍涎香の練り香水。
パチモンの、龍涎香の練り香水。

2021年。龍涎香に含まれる香気成分の組成は化学的に解明され、人工香料アンブロキシンとして生産されて、この日記を書いている人の、寝起きの耳たぶにくっついている。